金曜日, 3月 31, 2006

the Analects of Confucius

すごいタイトルですね。

「論語」を、そのままオンライン辞書で訳しただけです。
孔子が、Confuciusだそうです。

もちろん、論語や孔子について語るつもりはありません。
読んだ事ないし。
ていうか、読んでも分かんないし(汗
 

英文日記には書いたんですが、おとといの飲み会。
帰りに、仲のいい先輩と一緒に寒空の下チャリコこぎながら帰ったときのお話です。
注:自転車でも、飲酒運転は違反です。ごめんなさい。

自分=34歳、先輩=40歳。
 

自分「もー34ですからねー」
先輩「ぼくなんか、40だよー。『四十にして迷わず』っていうけど、迷ってばっかだよー」
自分「あれー、五十にしてなんでしたっけ…?」
先輩「うーん。。なんだっけ。ないんじゃない?当時はきっと寿命は50だよ(笑)」
自分「(笑)」

なんてバカ丸出しな会話をしてました。
 

で、今朝ふと思い出して、ぐぐってみたところ、
「五十にして天命を知る」
「六十にして耳順う」
だそうです。

うひょー
 

でもまぁ、寿命延びてる論を(自分を慰める為に)無理矢理適応させると:
当時の寿命を60として、現代の寿命を80。
3:4で無理矢理伸ばします。

すると…
 

40にして立ち
53にして迷わず
66にして天命を知り
80にして耳順う
 

うおお。

まだ立ってなくていいんだー(喜)
先輩も、まだ迷っていいんですよー
 

って、こんなくだらない事考えてる時点で、もうダメなんですが(笑)

1 件のコメント:

thinklogblog さんのコメント...

あーあー。
論語、まだ続きがあるじゃないっすか。
しかも寿命延びてる説は、どうやら適応できそうになし。

論語では七十まで語られてます(汗
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子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

[訳]
孔子が云う、
「私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」と。
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引用元:http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/jugemu/rongo.htm